会津の三泣きという言葉はご存知でしょうか?

会津の三泣きとは・・・・

会津に来たときはその閉鎖的な人間関係に泣き、
会津の地元になじんでくると今度は人情の深さ泣き、
会津を去るときは会津人の人情が忘れ難く泣く

というものです。

福島県は、大きくわけると会津・中通り・浜通りとエリア分けされており、その中でも会津エリアは地元への愛着が一番強い感じがします。
だからこそ、会津に引っ越してきた人は一見すると会津の人が閉鎖的に映るかもしれません。
しかし、一度なじめば生まれた時からの会津で暮らしているかのように温かく接してくれる!

じつは、会津若松市内を走っていた時こんな碑を見つけたのがきっかけでどこかで聴いたこの言葉を思いだしました。

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 これは、戊辰戦争(会津戦争)時に隣の長岡藩(現在の新潟県)から会津藩を守るためにきてくれた藩士達の墓の場所を示すための碑です。

戊辰戦争(会津戦争)に敗戦後、敗れた会津藩士はもちろん長岡藩士達も同じように丁重に弔い、遠方からくる長岡藩士の家族のためにお墓がすぐにわかるように『長岡藩士殉死の碑』として立てたとの事でした。
丁重に弔うだけでなく、お墓参りにまで配慮するあたりが会津人の人情の深さを感じます。

会津若松市の方に聴いた所今でも、新潟県から殉死した長岡藩士の子孫がお墓参りに来てているそうです。
先祖を大事にしている新潟県民の皆様もすばらしいですし、受けた恩をこうして『碑』を立て後世に伝える会津藩(会津若松市)だからこそ、『会津の三泣き』という逸話が生まれたのかなと思いました。

ちなみに、本のタイトルにも『会津の三泣き』が使われてました!
どんな風に『会津の三泣き』がストーリーに盛り込まれているのかちょっと興味あります。

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