会津藩校日新館

先日、会津藩校日新館に行ってきました。
(今回の記事は、『八重の桜』のあらすじ&ネタバレを一部含みます)

会津藩校日新館

残念ながら、会津藩校日新館に到着したのが4時45分・・
閉館しておりました。。

 一応、入館料と営業時間を御案内しておきます。

会津藩校日新館の受付時間と入館料
受付時間 9:00~16:30
入館料:600円
※入館料の割引券が会津藩校日新館のホームページにありましたのでぜひチェックしてみて下さい。

会津藩校日新館ホームページより

この時代福島県(会津若松藩)だけでなく隣県でも優れた為政者により藩校創設されたり、再開されたりしています。
小泉純一郎首相が2001年の所信表明演説で引用した『米百俵』で知られる新潟県(当時の長岡藩)の『国漢学校』(設立者は小林虎三郎
そして、時代を少し遡りますがアメリカ大統領ケネディ&クリントンが尊敬しているとインタビューで応え一躍有名になった『上杉鷹山』によって再開された『興譲館』

教育に重きを置き多くの価値観を共有していたこの三藩は強い連帯感があり、戊辰戦争時にも『奥羽越列藩同盟』として新政府軍と戦い、運命を共にしていきます。

小泉純一郎首相とアメリカ大統領のお陰で、一躍有名になり当時関連書籍がかなり売れたようです。

で、上記の関連書籍が売れたという事からわかる事は

『日本人なのに、知らなかった』

という事実!
まさしく、『灯台もと暗し』・・・
著名人が過去の為政者の話をした途端に関連書籍が売れるという事は、日本人は先人の偉業に対して関心が薄い部分があるのかもしれないです。。
(もちろん自分も含めてですが・・)

この事を象徴するエピソードが第二次世界対戦中にもありました。

当時、アメリカ・ヨーロッパの軍備の中でも日本の軍備と比較してレーダーの性能が飛躍的に高く、日本軍としてはその秘密を血眼になって探していました。
(ちなみに、ミッドウェイ海戦において日本軍が歴史的大敗北をしたのはこのレーダーの性能による所が大きかったと言われています。)

イギリス植民地のシンガポールを日本軍が占領した際に、運良くレーダーに関する機密書類を入手する事が出来たのですが・・・
その書類に登場する『YAGI』という単語の意味がわからずイギリス軍の捕虜に質問します。

その捕虜の答とは・・・

『あなた達は、本当にその言葉を知らないのか。YAGIとは、レーダーの性能を飛躍的に向上させるきっかけになったアンテナを発明した日本人の名前だ』

と・・
過去の偉人だけでなく、同時代に生きた人の業績を応用する事が出来ず多くの人命が損なわれた側面が第二次世界大戦にはあるわけです。

話を『八重の桜』に戻しますが、だからこそ過去の優れた為政者達の偉業を再確認するという側面が大河ドラマにはあるのかなと思った次第です。
そう言った意味でも、会津藩校日新館を観光される際は創設した『田中玄宰』がどんな人だったのかを知った上で訪れた方がより楽しめると思います。

今回、会津藩校日新館が閉館していたのは残念でしたが、『花ならば花咲かん 』を読んで再度訪問したいと思います。(いや、むしろ読んでからもう一度来いということかも!)