前回の記事で、八重の桜第5話「松蔭の遺言」は、前回の記事で書いたとおり吉田松陰の人となりがわからないと感情移入しにくい部分があったと思います。

そこで、今からでも大河ドラマ八重の桜での吉田松陰の死の位置づけを確認する意味でも吉田松陰の印象に残っている松下村塾のエピソードを紹介したいと思います。

※松下村塾とは?
一方的に師匠である吉田松陰が弟子に学問を教える場ではなく、弟子と一緒に意見を交わしたり、学問だけでなく登山や水泳なども行なう形の人間育成塾でした。
弟子の中には、久坂玄瑞高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋、吉田稔麿、入江九一、前原一誠、品川弥二郎、山田顕義など明治維新を成し遂げた立役者がいます。

自分の中で一番印象に残っているのが、松下村塾の塾訓です。

1,立志(志を立てよ)

1,読書(書物を読め)

1,択友(友を選べ)

この松下村塾の塾訓こそが、維新志士たちの志をささえたのかと思うと納得する部分があります。
いま、現在の日本を振り返ったらどうかふと考えてみました。

ある統計によると、親友と呼べる人がいるかというアンケートの結果平均で親友の数は0.6人との事でした。
幕末・明治維新の時代に比べれば、今ははるかに平和な時代だと思うのですが、だからこそ人と人とのつながりが薄くなっていくのでしょうか?

これは、1番の立志にも関係していると思います。
志=目的がないため人と一緒に何かを成し遂げるとという動機も出来ないんだと思います。
そして、志がないから読書(学びを)をする動機付けもない・・・

1番目に、立志がきている理由は読書・択友にも繋がるからだと思います。

しかしながら、現在の仕事状況を考えると職場と家の往復でそれ以外の人脈が出来にくいのももまた事実だと思います。

ちょっと前にテレビで見た所、朝活(朝の勉強や活動)がはやってきているとのニュースを見たのですが、その中で、勉強会に積極的に参加し学びと共に将来に向けての人脈作りをされているビジネスマンが増えているようです。

松下村塾まで行かなくても、同じ立場の人間があつまる場への参加は非常に有意義だと思います。